ふたばで子育てする人のリアルボイス#012│楢葉町在住Sさん・Mさんご夫妻
今回は、仕事の関係で2020年に楢葉町に移住したNさんご夫妻にお話をうかがいました。2017年頃から双葉郡に何度も通い、結婚のタイミングで本格的に移住。現在は3歳半になる長女Kちゃん、9ヶ月の長男Sくんと4人で暮らしています。妻・Mさんは、とにかくパワフルな印象。そんなMさんをあたたかく見守る夫・Sさん。とてもいい関係のご夫婦だなと感じました。悩みながらもお互い仕事に育児にと奮闘するNさんご夫婦のお話は、双葉郡での子育ての参考になること間違いなしです。

不安を抱えながらコロナ禍に移住
—2020年に移住ということですが、ちょうどコロナ禍真っ只中ですよね?
Mさん(妻):そうなんです〜! 妊娠してたんですけど、県を跨いで移動しちゃいけないと言われて、それで「母子手帳を楢葉町で取らなきゃ!」って急いで移住したんですよ。私たちが勤める会社は本社が大阪で、茨城にもグループ会社があるのですが、2017年から双葉郡での取り組みもしています。こちらでのプロジェクトが本格的に動き出すというタイミングと、結婚・妊娠が重なって、移住を決意しました。
—双葉郡への移住は不安が大きかったのでは?
Mさん(妻):そうですね、正直すごく不安でした。でも、それ以上に、移住者である私たちがこの地で子育てすることのモデルケースになれればいいなという思いがありました。悩みに悩みましたけどね。
Sさん(夫):会社が応援してくれたというのもあります。これから双葉郡の復興を考えたときに、子育て世帯が活躍できる環境をつくりたいと言ってくれて。
Mさん(妻):私は、仕事人としての自分と、いち個人としての自分がすごく拮抗してました。仕事は大好きで頑張りたいけど、原発の近くで子育てするという不安も。ここで子育てして本当にいいの?って何度も自問自答しました。
Sさん(夫):子どもがいなかったら、何も考えず「行きます!」って感じだったと思うけど。
Mさん(妻):“子ども”という、私たちとは違う人格が生まれたことですごく迷いました。もし今後、何かの理由で子どもたちがこの地域で暮らすことが難しいとなったら、そのときにまた考えようと夫と話しています。それまでは、この地域で暮らす私たちの背中を、子どもたちに見てもらうのもいいんじゃないかなって。
産婦人科と小児科がほしい!
—出産はこちらで?
Mさん(妻):上の子も下の子も、里帰り出産です。出産前・後で2ヶ月くらいは実家の神奈川県にいました。
—里帰り出産だったというのは、この辺りの病院事情も関係ありますか?
Mさん(妻):それもありますね。検診はいわき市の産婦人科に1時間かけて通っていたので。移住したばかりの頃は本当にびっくりしました。「こんなに産婦人科ないの!? 嘘でしょう!?」って。
Sさん(夫):一番近い産婦人科でも車で1時間かかるし、選択肢も少ない。僕は働いているので、妻は自分で運転して行かなきゃいけない。大変だったと思います。
Mさん(妻):小児科が少ないのもね……。いわき市も子どもが多いから、いつ行っても混んでるし。双葉郡内に産婦人科と小児科の選択肢が増えてほしいって、ずーっと思ってます!
—病院で苦労されているとのことですが、逆にここで子育てしてよかったなと思うことはありますか?
Mさん(妻):自然の遊びが充実しているのは、すごくいいなと思います。
Sさん(夫):上の子は川内村が大好き。「いわなの郷」※1でいわなを釣って大喜びでした。新しくて立派な公園が多いのもいいですよね。しかも、混雑してない(笑)。都会だったら大混雑で順番待ちしなきゃいけないレベルの、充実した遊び場がたくさんありますよね。
Mさん(妻):室内の遊び場が充実しているのも、この地域ならではかも。しかも無料で利用できて、とてもありがたい! 都会だったら1時間2,000円くらいしますよね。すごく贅沢だなって思います。
あと、保育料の無償化にもびっくりしました。本当にありがたい。神奈川に帰って友人たちにそのことを話すと、みんな驚きますね。
長女をきっかけに少しずつ知り合いが増える
—地域で子育てしている方との交流はありますか?
Sさん(夫):移住した当初は、地域の子育て世帯の人との交流はゼロ状態でしたね。
Mさん(妻):どうコミュニティに入っていけばいいかもわからなくて。自分から積極的にネットで参加できそうなイベントとか探せばよかったのかもしれないですけど……。当時は抱えてる仕事の責任が大きかったのと、妊娠中のホルモンバランスの乱れでメンタルがやられちゃってて。
上の子を産んだ後は、家の中から出られなくなっちゃって。どこに行っていいかもわからないし、ひとりで行動するのも不安だから。そもそも体がめっちゃ疲れてるし。もう “無” でしたね。家の中でとにかく映画やアニメを観まくってました。
Sさん(夫):アマプラでコナン1話から観てたよね(笑)。コナン全話制覇して、最新映画まで追いついたもんね。
—どんだけ観てたんですか!
Mさん(妻):やばいでしょう? 家から出ないから、他にやることなくて。夫は仕事が忙しくて帰ってくるのも遅いし、完全に孤立してました。仕事で見せてる自分の姿と、プライベートの自分とギャップがありすぎて、仕事関係の知り合いにも相談できなかったな。
—いつ頃から、その状態を抜け出せたんですか?
Sさん(夫):上の子がこども園に行きだしてからですかね。1年間育休取って、仕事復帰のタイミングでこども園に通うようになってからです。
Mさん(妻):こども園でもらう情報で、こういうイベントがあるんだとか、ようやく知ることができました。役場の職員さんも心配して声をかけてくれたり。離乳食教室にも参加したんですけど、そこで積極的にママ友をつくるというメンタリティがなくて。コロナワクチンを打ちに行ったときに、赤ちゃんを抱いてるママと一緒になって、娘と同じ7月生まれだってことが発覚して、そこでやっと他のママと話すことができました。
娘がこども園に通うようになって、そのママと再会して少しずつ言葉を交わすようになって。向こうからも話しかけてくれて嬉しかったですね。町内でお祭りやイベントがあれば絶対会うし。そのママがきっかけで町のことを知れて、情報が入ってくるようになりました。
—Sさんの方は、地域の方と交流はありました?
Sさん(夫):移住当初は僕も全く交流はなかったですね。2〜3年経って少し心に余裕ができてきて、「おうち食堂kashiwaya」※2に通うようになったり、徐々に地域コミュニティの場に顔を出すようになりました。
Mさん(妻):子どもがちょっと大きくなってきて、一緒に何かするようになってから、ちゃんと休みを取るということを意識するようになりました。それまではお互い仕事人間すぎたので。
Sさん(夫):僕、子育て何もできなくて。お風呂に入れることすらできなかったよね。娘がもう泣き叫んじゃって。「ママじゃなきゃヤダ!」みたいな感じで。
Mさん(妻):でも、そこでバトンタッチしちゃうとダメだなって思って、娘が泣いてようがなんだろうが「あなたがお風呂入れて!」って。
Sさん(夫):ちょっとこわかったもん。「もうヤダ…」みたいな。
Mさん(妻):「ヤダじゃない! お風呂くらいしか娘と関われる時間ないんだから!」ってやってもらいましたね。
共働きでも参加できるイベントがあるといいな
—今は交流のある地域のママ友はいらっしゃいますか?
Mさん(妻):今は息子の育休中で、16時頃に娘をこども園に迎えに行けるから、他のママさんたちと会う機会が増えましたね。「今日は寒いね」とか他愛もない話をできるようになりました。育休に入る前は18時まで仕事していたので、娘のお迎えに行く頃にはもう誰もいなかったんです。私がお迎え最後。
Sさん(夫):お迎えの時間が16時頃とか、みんな早いんだよね。
Mさん(妻):フルタイムで共働きという世帯が少ないのかも? なかなか時間が合わないので、コミュニティに入っていきづらいというのもありました。あと、移住してきたという人でも、夫か妻どちらかは地元の人ということが多いですよね。私たちみたいに夫婦どちらも移住者という状態だと、どうコミュニティに入っていっていいのか、最初はわからなかったです。こども園に通うようになって、やっと知り合いができて、少しずつなじんでいったという感じですね。
ママ同士で集まる機会を作ってくれたりとか、たくさん子育て世帯向けのイベントがあるんだけど、平日開催ということが多くて。今は育休中なので参加できるのですが、仕事していると平日は参加できないんですよね。離乳食教室もやっぱり平日だったし。「このイベント行きたいけど、休み取れないな」ということも多い。そこが、共働きには辛いところかなぁ。土日にパパ・ママどちらも参加できるようなイベントがあると嬉しいですね。
子どもの教育と子育て環境、そして家族のこれから
—楢葉町のこども園の特徴ってどんなところでしょう?
Sさん(夫):いろいろなことをやってくれますね。英語教室やサッカー教室もあります。イベントも多くて、楢葉町商工会の人がサンタクロースになってクリスマス会をやったり。パトカーや消防車が来て乗せてくれたりなどもありましたね。
Mさん(妻):とにかく子どもにたくさんの経験をくれますね。私は子どもにいろんなものを見せたい、経験させたいと思っていたので、嬉しいです。
あと、地域全体として、子どもを宝のように大事にしてくれます。特におじいちゃんおばあちゃん。本当に子どもを大切にしてくれて、子育て世帯からするととてもありがたいです。私はこの地域でしか子育てしたことがないから都会との比較はできませんが、人から聞いた話だけで判断するならば、子ども一人ひとりに対して使っている時間が圧倒的に違うと思います。子どもにかける時間も、お金も、この地域は本当にすごい。
—こども園、小中学校はこの地域も充実した教育環境だと思います。その先の高校をどうするかはご夫婦で話されていますか?
Mさん(妻):してます!してます!!!
Sさん(夫):僕が大阪、妻が神奈川出身というのもあって、ふたりとも進学に関する選択肢がすごく多かったんですね。それが当たり前というか。だから、子どもたちにもそうあってほしいとは思っています。高校受験になったら、地域にこだわりすぎずにもっと広い目で見て、子どもたちの希望を叶えてあげたいねと話しています。
Mさん(妻):私自身が、頑張って勉強して自分の通いたい高校に入ったので、子どもたちにもチャレンジしてほしいなと思っています。小中学校は自由に自分の好きなことをやればいい。でも、その中で、自分が本当にやりたいことは何なのか、自分が頑張れることって何なのかを考えて、挑戦してほしいんです。
Sさん(夫):この地域には高校がここしかないから……と子どもたちの可能性を狭めてしまうことはしたくない。場所にとらわれず、全国どこでも、行きたい高校や大学があったら選択肢に入れてあげたいです。
—お子さんには、この地域でどんなことを経験してほしいなと思われますか?
Mさん(妻):私自身が都会で育ったからこそ、この地域ではのびのび暮らせることの幸せを感じています。だからこそ、子どもたちには外の世界も見ておいてほしい。外を知っているからこそ、ふるさとの良さを実感できるんだと思います。この地域を嫌いになってほしくないんです。だから、ここだけじゃない外の世界も両方知って、それぞれの良さを感じて、自分で選べるようになってほしい。
Sさん(夫):地方ならではの人とのつながりを楽しめるような子になってほしいなと思います。都会だと、どうしても人の目を気にしながら生活するようになっちゃうけど、ここでのんびり、自由に、自分を大事に生きてほしいです。
取材日:2025年2月
取材・文:遠藤 真耶
イラスト:Ayami
※1 川内村 いわなの郷:https://a-kawauchi.com/iwana
※2 おうち食堂kashiwaya:https://shokudokashiwaya.edisone.jp/